オモテでは決して語られることはない、特攻のウラ話。

どうもどうも。



アジアの宿無し。こと、
齋藤純司です。






『見えているものだけが、
真実ではない』

ってことです。








■例のごとく、
台湾の友人をガイドしながら

知覧の特攻隊記念館に
歴史の勉強に行ってきました。






ここには、

特攻隊の遺品とともに
数々の遺書が展示されています。






鹿児島の南端にあるこの施設は
当初は軍の教育施設として建設
されました。


そして、
次第に戦争が激しくなるにつれて
教育施設から特攻基地へと
変更されたのです。








特攻を命じられた隊員達は、

「三角兵舎」という、
屋根だけ地面の上に突き出した
兵舎の中で誰とも会わずに

家族や恋人に向けた手紙を
書くなどして
出撃までの数日間を過ごしていた
ようです。




そして、

沖縄までの250キロ、約2時間半を
片道だけの燃料を積んだ戦闘機で
飛行していったのです。








この間、
どんな気持ちだったのでしょう。




想像すらつかないです。








実際の手紙を読んでみたのですが
母親に宛てたものが多くて、

自分も同じ状況なら
そうするだろうと思います。









そして、

その手紙の文字はとても整っていて

真直ぐで、乱れのない筆跡には
「決意」のような緊張感を
感じられました。




「天皇陛下万歳」
「お国のために」





心は文字に表れるといいますが、

17歳から20歳前後の若者が書いた
手紙とは、とても思えませんでした。










と、

まあ



そんな感じのことは、
ネットで調べれば
だいたい出てきます。












■ところが、

です。









道を尋ねた際に、
地元の方から
偶然聞いた話なのですが



実は、

この手紙には「ウラ話」が
あるそうで。









記念館に展示されてある

「天皇陛下万歳」
「お国のために」



という、
内容の手紙や遺書は
「建前」のもので







実は、

隊員の「本音」の思いが綴ってある
手紙が大量に保管されて
あるそうなのです。


オモテには、
決して出ることなく。











■真相は、こうです。


「建前」の手紙とは別に存在する、
隊員たちの「本音」の手紙・・








「三角兵舎」にこもっている間、
隊員たちは別々の手紙を書きました。



一通は、
「お国のためにがんばってきます」
という内容のもの。






そしてもう一通は、
「死にたくない」
「なぜ、自分が死ななければ
ならないのか」

とか、
両親への想いや生への執着、
国や軍への恨みなどを綴ったもの。



当然だと思います。
それが正常な人間の
感情だと思います。








そして、

「建前」の手紙だけを残し
「本音」の手紙は抱えて出撃します。




出撃の際、
開聞岳という山の上を通るのですが

ここに本音の手紙を空から
投げ捨てていったそうなのです。



持っていた短剣で切腹し
血の付いた剣先に手紙を
括りつけて。






なので、

後になって
赤茶色に錆びた剣と一緒に
8万5千通もの手紙が

開聞岳のてっぺんから
見つかっているそうです。








恐ろしいのは、

その手紙が見つかったという
事実が公にされることなく

別の場所にひっそりと
保管されてあるということ。




それは、
政府や軍部から「隠せ」と
お達しがあったから。



真実を知っている地元の方たちは
記念館に展示されてある手紙の内容を
冷ややかな目で見ているそうです。




特攻隊のことは、テレビなどで
何度も取り上げられているのに

このウラ話については
触れられたことがないそうです。








■だからといって、

記念館に展示されてあるものが
価値のないものだという
ことではないです。




記念館は世界遺産への申請の
動きもあったようですし、

兵士が出撃する前の心情が
記されてある歴史的にも貴重な
品々です。







ただ、

今回のことから学んだのは

目の前の「見える」ことだけを
鵜呑みにしていてはいけない
ってことです。




報道や世論と同じで、

いつだって
権力者に都合のいいように
解釈されていることだらけ
だってこと。





これからの時代を
強く生きていくには、

いつまでも目の前のことを信じて
「いい子ちゃん」でいたら、

権力者の都合のいいように

振り回されてしまうばかりだなって

ことを強く感じた次第です。



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