「この人になら払ってもいい」っていう瞬間って?

どうもどうも。



アジアの宿無し。こと、
齋藤純司です。

 

 

 

 


「この人になら払ってもいい」
っていう境界線って、




けっきょく、




「この人の感性が好きだな」


ってのが多かったかも。












で、思い返せば




先生選びのときは
ノウハウなんかよりも

そういった感覚的な部分に
お金を払ってるところがあって。







「モノ」には
ほとんど執着ないのに、


カタチのないものには
すぐ数十万を
突っ込みたくなっちゃいます。












きっと、




その人から得られる
成長や体験の部分に

価値を感じているから
なんでしょうね。










逆に言えば、



他人から見て

ぼくらがそう感じてもらえる
ようになれれば
いいってことですよね。













■ひとりでシコシコやってると、

同じところを
グルグルグルグル周ってたり
するじゃないですか。







そんなときに、

先生から
違う視点でアドバイスを
もらえるのは貴重な経験です。









それは同時に、
よくも悪くも




「誰に影響されるのか」


を自分で選んでるってことです。

先生を「雇う」ってのは
そういうこと。








これって、
学校や会社にいるときには
なかなか気づかなかったことで。













■いい師匠に出会えた
ような気がして、
ちょっと嬉しいんです♪







そこで得た体験も、

ぼくが人に教えるときに
役にたつと思うんですよね。









昨日、

コーヒーを飲みながら
台風が過ぎ去った青空の下、






昼過ぎから始まって
気づけば薄暗くなるまで

そんな時間を頂いたのでした。







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